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見えない財産を築く〜文化資本と社会階級〜

日本にも階層が存在する

日本にも上流、中流、下層といった階層が存在します。

大きな声では言えませんし滅多に言葉にしませんが。リスクは感じながらもあえて存在する立場をとりました。

一億総中流などと言われたこともあります。しかしそのころからですら階層は存在します。上中下の正確な定義はできませんが、大きな指標として「年収」「学歴」が存在します。さらに個人にはどうにもならない「家柄」のようなものもあります。最上位のものになると天皇家の親戚だとか、元華族・士族だとか。

上流階級の子供は大人になり再び上流階級を構成し、下層階級の子供は大人になり再び下層階級を構成します。もちろん、変動はあります。上流から下層に落ちぶれるかもしれませんし、中流から上流へランクアップするかもしれません。おじいちゃんは上流で子供は落ちぶれたけど、孫でまた上流に巻き返したなんてケースも聞きます。

「家柄」はともかく「年収」と「学歴」はコントロールが可能です。自由と機会平等が掲げられていますので、逆転を狙おうと思えば狙えるのです。

では「年収」や「学歴」は何によって生み出されるのでしょうか。

この源となるものが「文化資本」です。

 

「文化資本」が人生を決める

「文化資本」とは、金銭的な資産以外の、教養、学、文化的素養などの無形資産です。フランスの社会学者ピエールブリュデューにより提唱された概念です。

親から子へ伝えられるものは計り知れないものがあります。子は親から最終的に資産を相続しますが、本当に伝えられたものは、それだけにとどまりません。

食生活、普段からやり取りで得たもの、言葉遣い、礼儀、何か問題が起こったときの対処、人間関係のあり方、人脈、家に何を置くか、服をどう選ぶか、コーディネートをどうするか 姿勢、体の鍛え方、などなど枚挙にいとまがありません。

ブリュデューは、このような「文化資本」を以下のように分類しました。

  • 「客体化された形態の文化資本」
      (絵画、ピアノなどの楽器、本、骨董品、蔵書等、客体化した形で存在する文化的財)
  • 「制度化された形態の文化資本」
      (学歴、各種「教育資格」、免状など、制度が保証した形態の文化資本)
  • 「身体化された形態の文化資本」
      ( 食生活、言語の使い方、振る舞い方、センス、美的性向など)

この目に見えない資産を、親から子に、そして孫に、さらにその子供にと受け継いでいくのです。

家から受け継ぐ場合、学校から受け継ぐもの、友人から受け継ぐもの、社会から受け継ぐものと様々なパターンがありますが、一番大きなものは言うまでもなく「家」です。

幼少期は圧倒的に両親から受け継ぐものが多く、その受け継いだ者を持って社会に出るわけですが、社会に出るときには似たようなモノたちが集まる共同体に身を置くことになりがちですので、家のもつ役割は計り知れないものがあります。

この資産が大きければ大きいほど、経済的資本=お金、や社会関係資本=社会や組織への適応、が得やすくなります。

たとえば。

本に囲まれて育った子は本好きになりやすく学歴が高くなりがちです。家に本がたくさん置いてあるという「文化」が、「学歴」という社会性の高い資本へと転換した事例ですね。そして学歴は年収と相関がありますので、経済資本つまり「年収」へとつながるのです。例外を持って反論される方もいるかもしれませんが、大勢は、統計的にそうなっているのです。

これはほんの一例にすぎません。

ヤンキーでも、友達とつるみながらとても幸せに生きている人もいます。それは親からコミュニケーション能力や社会的応力の基礎となる文化資本を受け継いだからです。

学歴が高くてもニートになってしまう子もいます。それは学歴ばかり高くするという一点豪華主義で、他の文化資本が乏しかったことによります。

このように、文化資本は、富や貧困の再生産のカギを握っているのです。